「欲」と「願い」

「欲求は行動の原動力である」という言葉があります。

当たり前ですが、欲求がなければ行動しないし、
行動するということは、何らかの欲求があるということです。

だから、欲求自体は、善いも悪いもないのだけれど、
その性質によって二分されます。

それは、「欲」と「願い」。

この違いがわからずに、ずいぶんと遠回りをして来ました。

「欲」は、傷ついた体験から、
「自分は価値がない」と思い込んだ結果、自分ではないものになろうとすること。

自分ではダメだから、外側に何かをくっつけて、何者かになろうとすること。

「願い」は、ただそうありたいと思う純粋な気持ち。

未熟な自分だけど、できることがあるのならやってみたいという思い。

この違いはあまりにも微細だから、わかりにくいということと、
最初は純粋な「願い」だったものが、
いつの間にか「欲」に姿を変えるから、気づきにくいのです。

「一生懸命やっているだけ」という私の中に、欲はなかったか?

自分が一番自分を否定しておいて、
他者から称賛をもらおうとはしていなかったか?

傲慢な思いを、純粋さでカモフラージュしていなかったか?

「もっと、もっと」になっていなかったか?

…思い当たることばかり。

「欲」を見直し、「願い」にまで純化できたら、
きっとプロセスが変わり、豊かな結果が待っている。

いろんな経験を経て、それを実感しているところです。
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by tarakosun | 2013-09-15 17:15

なつかしい悲しみに

その事は、

あまりにも、予期しない時に、

予期しない形で、

予期しない人からやって来たから、

自分がどうなったのかわかなくて、

ただ何かを必死でこらえて、そこに立っていた。

あれから、もう何年も経ったんだね。

今までは、その傷を見ることが怖くて、

見てしまったら、自分がみじめになってしまうから、

見ないようにしてきた。

いや、見なかったんじゃない。

実は、チラチラ見てきたんだ。

「今、傷はどうなっているんだろう」

そう思いながらチラ見して来た。

そろそろ傷にはかさぶたが貼ったかな。

長い時間を共にした傷だから、

少し仲良くなったような気もする。

今度は、よく見てみようか。

……………なんだろう。涙がこぼれてきたよ。

悲しいんだね、私。

悲しいんだよね。

もう一度確認するね。

悲しいんだね。

そう、悲しいんだ。

正確に言うと、「悲しかった」んだ。

あの時、私は悲しかったんだ。

今、ようやく会えたね。

あの時の「悲しい気持ち」に。

なつかしいね。過去の悲しみだから。

でも不思議だ。

今、悲しいようにも感じる。

時間て、本当は無いのかも知れないね。

そう思って感じていたら、もっと不思議なことに気がついた。

この悲しみは、その出来事が起きる前から、

生まれる前から心の中にあったような気がすることに。

ずーっと、悲しかったのかも知れないなぁ。

なつかしいなぁ。
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by tarakosun | 2013-09-04 17:22

催眠療法で人生を癒す、ヒプノセラピストのココロの旅日記