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セミナー、講演会

今月は、講師の仕事をたくさんいただいた月で、
きょうは、講師業としては今月最後。

五泉市の村松第1保育園の家庭教育講演会でお話をさせていただきました。

誰ひとりとして、子育てに迷わない人はいません。

内面の自信のなさ、未熟さ、ダメな自分を、
認め、受け止め、

「そんな自分だけど、それなりに頑張っているんだよな~」

…と、それでいいんですよね。

そう思えてしまえば、
自分を飾ることもなく、
いい母を演じることもなく、
「あなたダメね」と言われたら、「そのとおり、ダメなんですよ」と返せるし、
子どもの仕出かす事に、過剰に反応しないでいられるようになるんですよ。

私という人間は、大したことない人間。
でも、同時に大した人間でもある。

もう、虚勢をはる必要はない。
ただ、このままの自分で生きていけばいい。
このままの自分が感じることを、ただ素直に感じてしまおう。
悲しみやさびしさも、悔しさも、情けなさも、自分が感じることは全部味わう。

心にとっては、喜びも悲しみも「愛」につながるものなんですね。



ところで、子どもの教育費にお金がかかる私たち年代は、
スーパーなどでバッタリ会うと、「お金かかるよね~」が合言葉になっているのですが、
子どもを持たなかった知り合いがこう言っていました。

「子どもにお金使えるなんて、幸せだね~」


リリー・フランキーの映画「東京タワー」でも、
東京の大学に出すために小料理屋で働く母親と、主人公との間に、こんなセリフがありました。

僕:おかん、苦労かけてゴメン。大学もお金かかってゴメン。

おかん:おかんは何も苦労なんか無かとよ。マー君がいてくれて幸せだし、
     マー君にお金振り込む時も幸せだったよ。


物事は、結局捉え方次第なんだな~。きょう改めてそう思いました。
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by tarakosun | 2012-07-24 16:51

富山へ

昨日から、富山で一人暮らしをしている娘(大1)のアパートに泊まりに来ている。

「何が食べたい?」と聞いたら、
「ごぼうとれんこんの煮物。」というので、
昨夜は、その煮物とインゲン豆の素揚げサラダ、
それと、氷見港産のトビウオのお刺身で夕食。

夜は、電気を消して、ふたりで並んで寝ながら、夜更けまで話し、
長期出張中の夫が、出張先で蛍を見たと報告してきたときの話を聞かせてあげた。

夫:「きょう、蛍を見たよ。たった1匹。本当にきれいに光っていて、しばらく見ていた。」

私:「へ~、よかったね。ラッキーだよ。でもたった1匹?」

夫:「そう、たった1匹。オレ、その蛍はお母さん(私のこと)だと思った。」

普段、夫は現実的な人間で、
私がスピリチュアルな話をしても乗ってこないので、
意外に思う反面、
「おっ、結構頭が柔らかくなってきたぞ!」とうれしかった。

私:「で、その蛍を見ていたら、どんな気持ちになった?」

夫:「安心した。」

…ちょっと、のろけ話っぽくなってしまったが、
私が伝えたいのはここからで、

この話を娘にしたら、突然泣き出して、

「どうしよう涙が止まらない。私、今、おとう(父親のこと)の愛を感じた。」
「おとうだけじゃない、中学時代友達関係で苦しんだけど、
高校は、本当にみんなが良くしてくれて、今だって、ひとり孤立することはないんだよ」
「みんなの愛を感じて、涙が止まらない。すごい!何でこんな気持ちになるんだろう。」
「こんなの初めてだ。心が開くってこんな風になるんだね。」

うんうん。
この、愛を受け取っている状態。わかるよ。

私もこんな感じになることがある。

それも、最近増えているようだ。

この前はヨガをしているとき、突然訪れた。

ヨガの先生が、
「自分の呼吸を感じて…。そして、その呼吸と宇宙の呼吸を合わせていってみましょう。」
と誘導したら、
宇宙が私に100%の自由を与えてくれていること、
その中で遊ばせてもらっている安心の感覚が胸いっぱいに広がったのだ。

そして、涙がとめどなく流れてきた。

50歳を過ぎて、ようやく「感謝」の意味が分かりかけてきた私なのに、
娘は10代で気づいている。

やはり、子どもの方が大人なんだ。


そして、きょう。
娘は授業なので、
私はひとりでライトレールに乗って、
回船問屋が今も軒を連ねる大町新川町通りを訪ね、
国の重要文化財に指定されている森家を見て、
三角どら焼きで有名な大塚屋で、三角どら焼きをゲット。

ランチは、軒を並べた古民家のお店で、
白エビコロッケの日替わりランチを注文。

庭を眺めながら、一品一品手作りのおいしいランチを食べ、
食後にはコーヒーとプリンで、大満足。

4時間弱の小旅行を満喫した。

こんなパターンは、以前の私にはなかったな~。

ひとりで出掛ける意欲というものがなかったもんね。

ひたすらインドア派だったから。

長い時間をかけて、やっと心が癒えてきたんだと思う。
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by tarakosun | 2012-07-06 16:29

催眠療法で人生を癒す、ヒプノセラピストのココロの旅日記