年末から夫の実家、長野県に行き、きょう帰ってきた。
義父は13年前に配偶者を亡くし、ひとり暮らし。
80歳を過ぎたけれど、理髪店を営みながら、元気に過ごしている。
早くに父を亡くし、落盤事故で母を亡くし、養父母に育てられたそうだ。
でも良識ある大人に育ててもらったことと、
本人の温厚な性格が功を奏して、
心身共に健康な人生を送ってきた。
私はこの義父をとても尊敬していて、
子どもたちも相当慕っている。
着いたときと帰るときは必ず、全員がこのおじいちゃんとハグ。
もちろん私も。
元日のあいさつ会(おじいちゃんの話を聞き、お年玉をもらう会)では、
孫、一人ひとりにどんな一年にしたいか聞き、
励ましのことばをくれる。
今年のおじいちゃんからのことばは、
「目に見えないものを感じて、大切にしよう」ということだった。
それから「目配り・気配り・お手配り」。
子どもたちだけでなく、私も肝に銘じなければならないことばかり。
おじいちゃんは、敬虔なクリスチャンだから、
習慣的に神様と対話しながら、生活しているようだ。
それに、何だかここ数年は、どんどん若くなっているように見える。
雰囲気的には、聖路加病院の日野原さん…かな。
目に見えないことを大切にしようと言うくらいだから、
おじいちゃんがハグするのは、オーラの交流なのかもしれない。
エネルギーレベルが下がって、体調をこわしてしまった娘のことを、
霊能のあるヒプノのクラスメイトに、何とはなしに話したら、
ケータイデータの写真を霊視して、
「正座すると福助みたいな、ふくよかな人が「孫が、孫が」と言っている」
と言う。
まぎれもなく、夫の母だ。
…そんなこともあったので、
今回の帰省は、
お義母さんの大好物のかにを持って、お義母さんを偲び、
目には見えないお義母さんの愛を感じに、
そして感謝を伝えるために…という目的もあってのことだった。
お義母さんの形見の、壊れた時計も、
部品はもう無いが、時計屋さんが独自に直してくれるということで、
近々、娘の手に渡ることになっている。
足らないところがたくさんあったにもかかわらず、
血縁の関係以上に、大切にし、
いつも応援してくれる義父母の温かさをあらためて感じ、
この方たちと縁があって、本当によかったと思った。
2008年、今まで私の身の回りで起きた、数々の「破壊」が、
「統合」に向けて静かに動き出したように感じた。