「わかってほしい」という思い

『「自分のことをわかってほしい」という思いは、誰もがもっている基本的な要求だし、
そう願うのは自然なことだよ。

でも、だからと言って、それが叶わないと、途端に自分を憐れむってどうよ?

その前に、あなたは自分をわかってもらう努力をした?

あるがままの自分の感情を伝えることができず、
強がったり、「正しい」を振りかざしたりして、カモフラージュしたんじゃない?

であれば、相手に誤解されても仕方ないよね。

自分から発信することなく、「察して!」と思うのは、周りに甘えているだけ、
自立していないんだよ。

それに、「私のことをわかってくれない」と周りを責めるけど、
じゃあ、あなたは周りの人を理解しようとした?

自分を被害者に仕立てて、周りを切り離したのはあなた自身でしょうよ?

そもそも、あなた自身が自分の本当の気持ちを理解していないじゃない。
自分すら理解できないものを、どうやって周りが理解できるというの?

自分の気持ちでしょうが、自分が理解しないで誰が理解するの?ってこと。

あなたが歩いてきたこれまでの道のりには、いろいろあったよね。
喜びもたくさんあったし、つらいこともたくさんあったね。

どんなにつらかったか、そしてどんなに頑張ったかを周りにわかって欲しいのだろうけど、
その前に、自分がわかってやろうよ。

だって、そのつらさや苦しさを一番わかっているのはあなただから。
あなたが一番にわかってあげなかったら、自分がかわいそ過ぎるよね。』

…こんな内的対話があった。
















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by tarakosun | 2017-07-19 21:09

催眠療法で人生を癒す、ヒプノセラピストのココロの旅日記