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母の所作

89歳。「男女七歳にして席同じゅうせず」と教育された母は、
奥ゆかしいところがある。

例えば、家に私しか居ないのに、必ず脱衣所の戸を閉める。

えっ、それは普通?

私はいつも開けっ放しだから…。

そして、お風呂上りには、
必ず体を前かがみにして、横向きで浴室から出てくる。

私はいつだって仁王立ちなのに。

力も弱っているのに、毎日きちんと布団をたたみ、
パジャマも洋服も丁寧にたたみ、
靴を揃えるのは当然で、人の靴まで揃える。

世の中は、男女問わず「食べる」を「食う」と言ったり、
「てめ~」とか「○○じゃね~よ」とか、
笑いを取るならまだしも、日常会話で言ったりするし。

あ~、開けっ放し、仁王立ちの私も男性化しているな~。

母の折り目正しい所作には、見習うところがたくさんあると思った。

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# by tarakosun | 2019-05-24 21:56

うつは強さを秘めている

うつ状態は、感情のガマンが原因と言われている。

社会にいれば、感情をガマンしなければならないことは日常茶飯事。
人権意識が高いと言えない日本企業では、パワハラもモラハラも無くなりそうもないし。

こんな不当は「おかしい!」と思う心と、
社会に適応しなくちゃという考えが葛藤すると、どうしたって気分が落ち込む。

この、不当に対する「おかしい!」という思い。
とても大切だと思う。
それを無くしたら、すでにそれは自分ではない生き物だ。

譲れないものをもっているのが人間であり、
自分を発揮したいのが人間であり、
よいよい未来を創造したいのが人間だ。

だから、不当に対して腹を立てよう。
心の内側で腹を立てるのは自由だ。

自由に思い切り腹を立てよう。

えっ、腹も立たない?

それは、牙が抜かれたからだよ。

だったら、あなたの大切な人がこの不当な状況に置かれたら…と、
想像してみて欲しい。

絶対に許せないだろうし、何が何でも守ろうとするはず。
守るためには牙が必要。もちろん捕食し、生きるためにもね。
そう。大切な人に置き換えれば腹が立てられるものだよね。

この時、あなたの中で浮かんでいる言葉を心の中で叫んでみよう。
一人の時に声に出してもいい。

「ばかやろう!」「お前のやっていることはおかしいよ!」「それでも人間か!」
過激な言葉を言ったっていい。汚い言葉を言ったっていい。
心の中なのだからいいんだよ。

そのうち、悔しくて切なくて泣けてくるかもしれない。

泣けたら、怒りの下にあるあなたの純粋な思いが浮き上がってくる。
人としての正義感、自分を大事にしたい気持ち、周りをよくしたいという願いなど。

そんな中、その絞り出された涙は、あなたの波動を変える。
よりパワフルにしてくれる。

あなたには強い思いがある。
大きな愛がある。
それをしっかり持っていて欲しい。

あなたが怒りを大事に大事に感じてあげると、
怒りのエネルギーが、あなたの思いを現実化するために導いてくれるはず。
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# by tarakosun | 2019-05-23 22:41

歳をとってよかったこと

あ~最近、握力が低下して、キャップが開けづらい。

重いものが持てなくなって、買い物した時は車までカートで運ぶ。

急に動くと、腰がグキッとなる。

…老化を感じることだらけ。

でも、よかったことがある。

それは、「世の中に対して、ふてぶてしくなったこと」。

若い時は、若さを謳歌してはいたものの、
社会では、「私、間違ってないよね?」とどこかオドオドしていた。

それが還暦近くなると、恥ずかしさが減るのに伴って、
人からどう思われようがあまり気にならなくなる。

結局、人はその日その時の流動的な価値観で言うだけで、
私の人生の責任なんて取ってはくれないことが骨身に沁みているから。

このふてぶてしさが功を奏していて、
公園で孫を遊ばせていても、「散歩ですか?犬。見せてもらっていいですか?」
とか、「この公園によく来られるんですか?一緒に遊んでもいいですか?」とか、
誰にでも声を掛けることができる。

わからない時は何でも聞ける。

困っている人には、「お手伝いしましょうか?」とも言える。

ふてぶてしくなると自由度が上がるもんだな~。
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# by tarakosun | 2019-05-22 20:37

ガイド語録⑪

「自分のやりたいことがわからない」というクライアントさんが、
ガイドに「どうしたらやりたいことがわかりますか?」と質問した。

答えは「やりたいことは、好きなことの中にある」だった。

宇宙存在のバシャールがよく言う「ワクワク」と同じってことかな。

でも現代は、その「好き」という感覚に巡り合うのも難しくなっている。

学校でも会社でも、好きも嫌いもなく、勉強も仕事も強制され、
それに不快を示さなくなることが社会人として成長することだと
教え込まれてきたのだから。

「好き」は感覚だ。
感覚が鈍麻したままでは、「好き」は感じられない。

まずは体の感覚から取り戻そう。

たとえば、手が冷たいとか、肩が重いとか、
ネガティブな感覚でもいいから拾い上げてみよう。

そして、じっとその感覚を感じてみたらもっといい。

意識を向けてもらった体は、それに応えるように感覚を発信してくれるようになる。

でも、体が敏感になると、この社会では生きるのがもっと辛くなるのでは?
そんな懸念が出てくるかもしれない。

私もそうだった。だから、感じないようにして生きてきたのだが、
結果は体のストライキ。

ほぼ寝たきり状態に。
家族に心配をかけたくなくて、朝と夕方だけ気力を振り絞って、
やっと食事を作っていたのが今から13年前。

だから、やっぱり感じてあげた方がいい。
メンテナンスしてあげられるし、
何より、気づいてくれる人(自分)がいることで体は安心し、
極端な症状を出して気づかせるという暴挙にでなくてもいい。

体は、いつも生き残りを賭けている。
その体が機能を低下させてまで気づかせようとしていること。

それは、「もっと自分を知って欲しい。そして大切にして欲しい」
ということなんだろうと思う。

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# by tarakosun | 2019-05-21 22:11

共感できない話題は

「この前、友人の話を聴いていてすごく疲れたんだ。どうしてだろう?」

そう聞かれたら?

「相手に共感しすぎて、ネガティブな感情の影響を受けた?」

実は、内容がポジティブであれネガティブであれ、
共感できない話は疲れるもの。
逆に言うと、共感できれば同調するので、あまり疲れない。

だから、こういう時は共感しようとしないことだ。

「共感」ではなく、「理解」にベクトルを変える。

「あなたはそう考えたんだね」「あなたはそう感じたんだね」というように。

無理に共感しようとすると、その人との時間がつらくなって、
結果、会話が億劫になってしまい、結局、関係がギスギスするだけだから。

それに、一方が共感を強いられる関係というのは、
DV関係と同じで、破綻の道を進むことになるから要注意です。

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# by tarakosun | 2019-05-20 20:55